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程小青 探偵小説論 オールド上海の時代は? [作品紹介]

  前回3回にわたり紹介した1957年の探偵小説論は、彼の本音とは思えないが、あの状況の中よくぞ書いてくれたと思う。ソ連の冒険小説を褒め、本格的探偵小説と同じくらい素晴らしい=探偵小説は素晴らしいといっているという具合に、裏から読むとわかるような文章を書いている。精一杯の必死の弁護。
 程小青の本音は、オールド上海時代に雑誌などに発表された探偵小説論で明かされていると思う。当時雑誌の載った原文を私は読んでいない。研究書に載っている文章を読んだので、当時のままかは不明だが、1957年の苦しい論文よりずっと自由に書いているように思う。中国語の研究書を読みながらの即興抄訳でご紹介する。

 探偵小説を論じる (1929年5月11日『红玫瑰』に掲載)
 
 1探偵小説の文学的価値は?
 
 探偵小説に文学的価値はあるか?さまざまな見解があると思う。いわゆる新文学者や新小説作家の十中八九は、肯定的な答えはしない。探偵小説など文学の領域から除外するだろう。文学的伝統のなかの私生児であり、文学の中にその位置はないというだろう。西洋の文学者を崇拝する余り、彼らの見解をそのまま鵜呑みにしてしまい、
文学者として備えていなくてはならない独立の見解と識別力を犠牲にしてしまっている。それは大変にもったいないことだ。

 我々は冷静に探偵小説について考えてみよう。探偵小説に文学的価値があるかないかは、先ず、文学的価値とは何ぞやをはっきりしなくてはならない。
 さまざまな見解があるが、英国の詩人であり、文学批評家でもあるJames Henry Leigh Huntの解釈が多くの人が認めてくれるだろう。
 
 『文学には想像力(Imagination)、感情(Feeling)、風格(Taste)が備わっていて、普遍的な人類の心理において、理解できて興味深いと思えるものである。』
 想像、感情、構成の要素3点となる。
 
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